2009年02月08日

声の大きさ

岡野 玲子のコミック陰陽師の中で

主人公安倍晴明といつもの相棒源博雅が

街角、普通貴族が歩いたりしない路地を歩くと

街に様々な人びとがあふれているのが見える。


そこで大げさに声を上げて祈祷をし

人を集める連中がいて民衆の支持を得ている。

安倍晴明はそこで源博雅に言う。




「人は・・・・・話の本質よりも

声の大きさを評価する」


これは正確なセリフじゃない。私の記憶の中にあるセリフだ。





はて・・・声の大きさとはなんだろう?




人が知を得ようと貪欲にしたから

神は、罰として

姿かたちの差

社会的地位の差

男と女の差

年の差

という・・・・判断を狂わせる判断要素を人に吹き込んだのかもしれない。

神に近づこうと、人が世界一大きな塔を建て始めたとき

神が、人のコミュニケーション能力を奪った伝説も思い出される。

なんと適切なポイントなんだろう。

人を無力にするのに、これ以上効果的なポイントは思い浮かばない。

それに・・・なんて神様は意地悪なんだろう。




人は話を聞くときに

意外とその人の話の内容を聞いているようで聞いていない。

まず、誰が話していることなのかを先に考え

フィルターの種類を決める。

例えば「この人の話はよく聞いておこう」

あるいは「この人の話は、話半分に聞こう」

そのフィルター自体は悪くないと思うけど

意地悪な神様の判断材料がフィルターセレクトに影響を与え

人を本質から遠ざける。



さて・・・でも私は・・・・・声の大きさよりも

その人の話している話の本質を求めたい。

ので、必死に考える。

残念ながら、それしか意地悪な神様に対する対抗手段が思いつかないが

そのお粗末ながらの作戦で

これからも淡々といくんです・・・。


なんでこんな話を書いたかというと

思うところがあったから。


でも、この商売の場というのは

そんなつまらない判断材料から自由になって

平等にいることができる場所だとも思っています。

しかし、自由こそ厳しい立ち位置であるとも痛いほど感じてます。

ダラダラ散文失礼つかまつる・・・。
posted by calico at 17:14| Comment(1) | 店主の毎日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
返信をもらうも、おそらく半分もわかっちゃいまい。
Posted by calico at 2009年02月08日 22:56
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